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2016年12月18日 (日)

蛇腹トンネル

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今から二季節前の冬
2014年3月

当時の私は
北陸在住でした

富山県に五か月 住んで
新潟県に約四年 住んだ訳です

新潟県は縦長ですが
私が在住していたのは 

富山県との県境付近
新潟県の最南端

翡翠で有名な
糸魚川市です

これ、読めない方
多いんですよねぇ

意外と。
地理の時間に 習ったでしょう?

え゛? 日本史選択だったって?
違う違う 世界史専攻だったって?

いやいやいや!
糸魚川-静岡構造線は
社会科の頃に 出て来たでしょう!?

・・・私の あやふやな記憶ですから
定かかどうかは 知らないが

いといがわ、と 読みますヨ☆

糸魚川市は 海岸沿いに ありまして
海を右側に臨みながら走ると
富山県に 向かう方向なんです

夕陽の頃は
そりゃあもう 綺麗だ

で、富山県との県境付近には
親不知があります

・・・歯の話じゃ無いかんね!?

今でこそ 写真のように
高速の柱が ドデーン!と見えて

波飛沫も そんなに目立たない写真だと
「大したこと ねえだろ!?」風ですが

当時は 手を繋いだ親子が 振り放される程の
荒波だったそうなんです

親不知
名称の由来は幾つの説がある。

一説では、断崖と波が険しいため、
親は子を、子は親を省みることができない程に
険しい道であることから、とされている。

また、以下のような伝承もある。

壇ノ浦の戦い後に助命された平頼盛は
越後国蒲原郡五百刈村(現在の新潟県長岡市)で
落人として暮らしていた。

このことを聞きつけた奥方は、
京都から越後国を目指して、
この難所に差し掛かった。

しかし、難所を越える際に、
連れていた子供が波にさらわれてしまった。
その時、次の歌を詠んだ。

親知らず、子はこの浦の波枕、
越路の磯の泡と消え行く

以後、その子供がさらわれた浦を
「親不知」と呼ぶようになった。

これらの伝承を基にしたものに、
合唱曲『親しらず子しらず』
(山本和夫作詞、岩河三郎作曲)がある。

*

この 高速インター「親不知」の下を走るのが
国道8号線です

クネクネと曲がるトンネルを抜けて
富山へと向かうのですが

個人的に このトンネルの事を
「蛇腹トンネル」と 呼んでいます

写真は 藤鈴呼の手作り栞です
今は 雪模様なんかやあ~☆

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